保険診療ではアジアンスタンダードの診療はできない、と考えています

国民皆保険制度が医療サービスの進展を阻害する!?

中国、タイ、インドなどアジア諸国の歯科医療に比べて、日本の歯科医療のレベルは劣っている、と聞いたら、多くの人は「いや、そんなはずはない」と驚くだろう。しかし、豊山洋輔院長は、「日本の歯科医療のサービスレベルは、間違いなくアジアで最低でしょう」と言い切る。その大きな理由は、保険診療にあるという。
日本の医療は、歯科医療も含めて、国民皆保険制度の上に成り立っている。すべての国民が公的な医療保険に加入し、病気やケガ、あるいは虫歯の治療などで医療機関を受診する際、保険証を持参すれば、かかった医療費の一部(小学生以上、70歳未満は3割)を負担するだけで医療サービスを受けることができる。そして残りの医療費は、保険でカバーされる。これが国民皆保険の仕組みだ。誰もが安い医療費でいつでもどこでも一定の治療を受けることができる、このシステムは、WHO(世界保健機関)が世界一と評価したように、優れた仕組みであることは間違いない。
しかし、受けられるのは、あくまでも「一定の治療」。保険でカバーされる診療内容には限りがある。保険が適用される医療サービスを示したメニュー表である「診療報酬点数表」に掲載されている診療行為のみ。診療報酬の改定は2年に1度だ。当然、日々、進化している新しい技術、新しい治療が保険搭載されるまでにはタイムラグが生じる。そして何より、限られた財源の中で、どこまで保険でカバーするのかは、自ずと知れているだろう。特に歯科診療では、多くの患者に利益のある技術や治療法であっても、保険が適用されないものは少なくない。
一方、ほとんどのアジア諸国では、日本のような公的な保険システムは整備されていない。そのため、経済的な理由から医療サービスを受けられない人の割合が高い、あるいは富裕層と一般の国民で受ける医療に格差があるという問題があるのは事実だ。ただし、受けられる人が限られているからこそ、医療に対する要求レベルは高く、その分、提供する医療のレベルが発達しているのも、また事実。
こうした背景があるからこそ、聖母歯科医院がめざすのは、アジアンスタンダードなのだ。
「歯科医院に対する要求は、日本とは比べものになりません。虫歯を一本治療するにしても、使う機材から治療方法まで何から何まで違います。日本の歯科医療のレベルは誇れたものではないと思います。私はアジアンスタンダードをめざします」(豊山院長)

滅菌レベル「クラスB」の導入を義務づけた上海
数%の歯科医院しか導入していない日本

たとえば、院内感染を防ぐために重要な滅菌処理。感染対策の総合研究所である「CDC(Centers for Disease Control and Prevention, 米国疾病管理予防センター)」は、2003年12月、歯科臨床における院内感染予防ガイドラインを10年ぶりに改定し、すべての患者の血液や唾液がすでにHIV等の感染物質に汚染されているものとして感染予防対策を採るよう、定義した。つまりは、滅菌レベルを上げて、万全を期すことを要求したわけだ。
こうしたなか中国では国の方針として滅菌レベルの向上に努め始め、上海市では2009年夏、「クラスB」という規格のオートクレーブの導入が全歯科医院に義務づけられた。オートクレーブとは、ピンセットやミラーなど治療に使う器具を滅菌するための装置で、その機能によって滅菌できる範囲が限られている。クラスBは、世界で最も信頼性があるといわれるヨーロッパの規格で、あらゆる種類の菌を安全に滅菌することができることが保証されているものだ。
上海市では全歯科医院に義務づけられたというクラスBのオートクレーブ。実は日本で導入しているのはほんの数%にしか満たない。そして現状、国が義務づけるという動きもない。なおかつ、数百万円もするシステムを導入して滅菌レベルを上げたとしても、その分、診療報酬を多くもらえるわけではない。そういう点では、保険診療主体の歯科医院にとっては特に、導入したくてもできないというもどかしさがあるのかもしれない。豊山院長はさらに説明する。
「どこまで滅菌レベルを上げれば、感染を予防できるかということはまだ明らかになっていませんので、クラスBのオートクレーブを導入すれば100%感染を防げるかというと、そうともいえないところに滅菌の難しさがあります。逆に、もしかしたらそこまで必要ないかもしれません。でも、『わからないのなら、できるだけ備えましょう』というのが世界的な動き」
聖母歯科医院では、2010年6月、クラスBのオートクレーブを導入した。

ヒールオゾンなど新しい治療はすべて自由診療になる

今、聖母歯科医院のゲストが、治療方法を選択する際に、自由診療を選ぶ割合は8割以上だ。スタッフは、保険内でできることも含めて、考え得る選択肢をすべて提示し、情報を提供する。その上で最終的に選ぶのはあくまでもゲスト。
「私どもで自由診療を強くお勧めすることはありませんが、選んだ結果が自費になる場合が多いということ。ただ、世の中には、『自由診療は悪』と考えている方がまだ多いですよね」(豊山院長)
では、保険診療と自由診療で、できることにどれほどの差があるのか。一つの例を紹介してもらった。
虫歯が見つかった際、保険診療の場合に一般的に行われるのが、虫歯になった部分を削って、金属やプラスチックなどを詰めるという治療。虫歯の進行状況によっては神経ごととることも稀ではない。
一方、聖母歯科医院では、ここ数年、神経をとる治療は行っていないという。それは、「ヒールオゾン」という装置を導入し、オゾン治療を行っているからだ。これは、虫歯の原因菌をオゾンで除去するという治療法。虫歯の大本の原因である菌を徹底的に取り除くことができれば、歯を溶かす酸性物質がなくなるため、虫歯の進行を止めることができるはずだ。また、ヒールオゾンは2㎜内側まで除菌することができるといわれており、歯を削る量は最小限にとどめることが可能。徹底的な除菌とミネラル補給による歯質の強化を繰り返す、というのが、聖母歯科医院での一般的な治療法だ。
ただし、ヒールオゾンは、日本では医療機器として承認されていないため、当然、保険も利かない。すべてが自由診療になる。
また、新しい治療法だけに、エビデンス(医学的根拠)が弱いことも事実。医師らが治療における意思決定の拠り所とする、世界中の臨床試験の結果や客観的レビューを集めたデータベース集「コクランライブラリー(The Cochrane Library)」は、オゾン治療について、既存の研究におけるバイアスの危険性やアウトカム評価に一貫性が欠如していることを指摘し、「従来の治療法の代替療法となる可能性を考慮するため、適切で厳密な、そして質の良いより多くのエビデンスが根本的に必要」と結論づけている。つまり、エビデンスを集めている段階というわけだ。
確かに、治療後、5年、10年、あるいは数十年と経過を追えるわけではないため、アウトカムを評価することは難しい。ただ、聖母歯科医院では、オゾン治療後、9割以上のケースで虫歯の進行が止まるなど成功しているという。

今、考え得る最良の医療を行おうと思ったら、
なにがなんでも神経を残す

ほとんどの人は本音では、「神経も歯も、できる限り、残したい」と思っているはずだ。現に、他院で治療を受けた後に聖母歯科医院に来たゲストは、「削られちゃった」「抜かれちゃった」という表現をするという。決して、「削ってもらった」「抜いてもらった」ではない。
また、歯にとって神経という存在は大きな意味がある。歯の表面のエナメル質の内側には弾力性のある象牙質がある。歯がある程度の衝撃を受けても割れずに機能するのは、この弾力性のおかげだ。そして、象牙質が弾力性を保っているのは、神経部分に通っている血管から栄養補給を受けているから。つまり、神経を失えば、象牙質の弾力性も失われ、歯が割れやすくなるということ。
「健康保険という枠をはずして、今、私が考え得る最良の医療を行おうと思ったら、なにがなんでも神経を残します。そのためには時間もかかりますし、費用もかかります。そこにどれだけの価値を見出していただけるか、ということですね」(豊山院長)

2010年7月22日更新

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