治療の一環として必要最低限のおもてなししかしません

一人ひとりをゲストとしてもてなしたい

医院へと続く階段を上り、扉を開けると、温かみのある赤色の絨毯が敷かれた待ち合いスペースがある。一歩足を踏み入れて、まず目に入るのは、受け付けのスタッフの笑顔だ。そして受け付けカウンターの向かい側には、一人がけのソファーがサイドテーブルを挟んで2つ並ぶ。アンティーク調のソファーは開院当初からあるもので、皮部分を張り替えたばかりだ。
一般的な歯科医院を思い浮かべてみてほしい。待ち合いスペースには、3、4人がけの長いすが置かれていることが多い。そうではなく、一人がけのソファーを配置しているのは、「十把一からげに扱うのではなく、一人ひとりをゲストとしてもてなしたい」という配慮の表れ。そもそも完全予約制のため、待ち合いスペースに人が溢れることはない。そして、ゲストをもてなすという考えは、院内の至るところに反映されている。
最も特徴的なのは、院内のレイアウトだ。聖母歯科医院では、待ち合いスペースと診療スペースが3つの扉でつながっている。つまり、治療ユニットごとに、専用の扉を設けているのだ。こうしたレイアウトを採用した理由について、豊山院長は、「ゲストをお一人おひとり、お迎えしお見送りしたいから」と説明する。
「一般の歯科医院では、スタッフがついてお見送りするのではなく、ゲストに勝手に帰っていただくケースがほとんどだと思います。それはやりたくありません。また、出入り口が一箇所だと、『お疲れ様でした。次の方、どうぞ』という感じに、ゲストを送るのと迎えるのが同じになりがちです」(豊山院長)
一人のゲストを送って、治療ユニット内の片づけやゲストが座るチェアー部分の清掃を行い、準備が整ってから次のゲストを迎える。そうすると、前のゲストが出てから、新しいゲストが入るまでに5分間は空く。5分あれば、前の人が座っていたぬくもりはチェアーから消えて、リフレッシュされた状態で迎えることができる。
「定食屋でも、前の方のどんぶりが置かれているところには座りたくないですよね。ましてや医療機関です。それが最低限のおもてなしではないでしょうか」(豊山院長)

遊び心のある色使いでゲストの緊張を和らげる

院内のアメニティ面で、もう1つ特徴的なものがある。それは、色の使い方だ。たとえば、スタッフが着ているユニフォームは、ピンク、オレンジ、緑と一人ひとり異なるカラー。豊山院長も、ある日はオレンジ、ある日は明るい迷彩柄、ある日はクマ柄と、バリエーションに富む。
また、治療ユニットに入るとまず目に飛び込んでくるポップな色がある。各治療ユニットは半透明のパーティションで仕切られており、それぞれのパーティションのポールに、赤、オレンジ、黄色と、ユニットごとに異なる色が使われているのだ。こうした色使いは、カラーイメージ・ナビゲーターの彩友香氏のアドバイスの下、色彩心理学の考え方に基づいている。
歯科医院に対してほとんどの人は、「恐い」「痛い」といったイメージを抱いている。それは仕方のないことだが、不安や緊張を抱えたまま治療を受ければ、痛みをより強く感じてしまう。カラフルな色を使っているのは、治療前のゲストの意識を不安や緊張からそらすのが狙いだ。
「治療を行う前は、誰しも、『どんな治療をされるのかな』『痛くないかな』などと不安を抱えています。そうした気持ちを消すことはできません。でも、歯科医院らしからぬ元気な色が目に入れば、そちらに気を取られて、不安や緊張が和らぎます。色のマジックですよね」(豊山とえ子DH)

ゲストとホスト、ホステスのコミュニケーション

おもてなしにおいて、アメニティともう1つ、重視するのが、言葉をはじめとしたコミュニケーションだ。
まず、ごく基本的なこととして、正しい日本語を使ってもてなすということ。ゲストとの距離が近いとはいっても、あくまでも「ゲストとホスト、ホステス」のような関係。もてなす側は敬語を使う。
「当院にいらっしゃる方は、普段、正しい日本語でおもてなしを受けている方がほとんどです。医療機関だからといって、言葉遣いがおかしくていいのでしょうか。生活の中で受けるサービスは同じレベルに揃えたいと思うはずです。もし、スタッフの言葉遣いに違和感を抱かれたら、その方には満足して治療を受けていただけないと思います」(豊山院長)
また、治療終了後、一般的に聞かれるのは「お大事に」というフレーズだが、聖母歯科医院では使わない。「ありがとうございました」「お疲れ様でした」が基本だ。
「ゲストとしてお越しいただいた方に、私たちはスペシャリストとして歯科医療サービスをご提供して、その対価をお支払いいただいているわけです。『ありがとうございます』というのは当たり前でしょう」(豊山院長)
受付スペースで待っているゲストを呼び出すときにも、ちょっとした工夫がある。2回目の来院以降のベストな方法は、名前を呼ばないこと。「アイコンタクトを取った上で、『どうぞお入りください』というのがベストです」(豊山院長)。たとえば、相手が親しい友人であれば、呼ぶときに「○○さん」とはわざわざ言わないだろう。それと同じで、診療のなかでゲストとの信頼関係を構築することができれば、次回からはアイコンタクトでコミュニケーションを取る。それほどゲストとの距離が近いということだ。
ゲストとの距離の近さは、次のエピソードにも表れている。聖母歯科医院では、電動歯ブラシ「 ソニッケアー」や歯磨き剤「アパガードリナメル」など、スタッフが推奨する商品が、販売元が驚くほど売れるという。特に、ソニッケアーについては、代えブラシの購入や修理の依頼も多い。それだけゲストとのコミュニケーションが取れていて、壊れても修理できるという情報が伝わっていること、また、自宅でも毎日使っていることの表れである。

アメニティもコミュニケーションも
すべては治療の一環

こうしたゲストに対するおもてなしは、当然、誰もがすぐにできるわけではない。聖母歯科医院では、スタッフに対して、歯科衛生士としての技術的なトレーニングとは別に、マナー教育も行っている。その内容は、メイクの仕方や、立ち振る舞い、ウォーキング、ボイストレーニング、話し方、敬語の使い方など、多岐に渡る。
ここまで徹底しているからこそ、一歩踏み込んだ接客ができるのだ。
「歯科医院としては変かもしれません。実際、よく言われます(笑)。確かに他の歯科医院では行っていないことかもしれませんが、他のサービス業では当たり前のこと。そして、すべてはあくまでも治療の一環です」(豊山院長)
一人ひとりにおもてなしの心を感じてもらうようなアメニティも、色彩心理学に基づいた色使いも、ゲストとの距離を近づけるコミュニケーションも、ゲストの不安や緊張をなるべく和らげ、安心して治療を受けていただくための工夫という意味で、治療の一環といえる。
「一つひとつの地味で細かいことの積み重ねで、歯科医療サービスのクオリティーが成り立っているのです」(豊山院長)

2010年3月30日掲載

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